昭和41年01月25日 朝の御理解
先日、松本さんが、御夢を頂かれたお届けをなさいましたが、先日から、御承知の様に御本部へ参拝されましてで、そのう、御本部で御取次頂かれた。金光様が椛目のちょうど、お祭りかなんかの様な場面においでになっておられる。ところがその金光様、変装して見えておられると言う。その、御夢であったと。私しはあの椛目の、これは私しを含めて、一同の者が、御道の信心さして頂くなかで、御道の信心で一番大事なそれを、身に付けて居ないと言うこと。
それは、実意丁寧神信心だと思うですけれども、その実意丁寧さと言うのがない。ですからひとつ今日はもうぎりぎり、これは椛目の御広前じゃない、皆さんのお家にも、皆さんの職場にもね、皆さんのおられる所に、金光様が変装して、御見えておられると言う心もちで、私しは、実意丁寧のかぎりをです、心の上にも、形の上にも尽くして行かなければならない。そして、あたくし共は、思い知るがいいと思う。成程あの人は冷たいとか、あの人はろくそな方とか言よったけれどです。
その冷たいのは冷たい仕打を受けるのは、こっちが冷たいからじゃ。実意のない仕打を受けるのは、こっちが実意がないからじゃ。と言う事を悟られるだろうと思うです。皆んなが、皆んなから親切にして貰たいなら、矢張り、こちらも親切にならなければダメです。ですから、本気でです。例えば、金光様が椛目に、変装して、見えておられる。今、御本部から金光様がお見えになりますよと言や。
それこそ、それこそ白砂位蒔いて、そのお出でをお迎えするでしょう。それこそ生神様として仰ぎもすりゃあ、頂きもするでしょう。けれども変装して見えておられるから、何時どこの誰れやら、ちょと見当が付かない。それがそんな、しかともない風でもしておられたら、軽うみる。ろくそに扱う。私し本当にここん所を、ひとつ頂いていかないけんと思うですね。身なりやら、風体じゃいかん。
しつう、しゃんしゃんして御座るごたりゃ、まあ、偉がつのごとしてごとして御座りゃ、もうなんかとたんにこの大事に扱うと言うた様な事では、私し、いけないと思うですね。教祖の神様が、そのお取次を下さる御態度と言うものは、そうであったといいますね。その、あの時代あの地区の殿様が、何回もお参りなっておられる事が。記録に残っております。さあ殿様がお見えられたからと言うて、お取次の態度と言った様なもの、全然変えておられません。
矢張り、一氏子として取り扱うておられます。かと言うてどこのお婆さんが、おじいさんが参って見えても、やっぱり同じ態度で接しておられる。これが私し共にですね、これは椛目と言うわけけじゃないけれど、私は結局あ、皆さん椛目に御縁頂いておられる方であるから、椛目と申しますけれども、椛目の信心に、一番御道の信心に大切なもの、それは、実意丁寧だと。
私し先日ある方がもう、私しの方の炊事場もうとに角ろくそである。第一その私し共のお母さんが、大変姑お母さんです。ろくそな家庭です。もう本当に背中がぞごぞごするごとろくそな母ちゃん。先生どうしたなら良かろうかと私にこう言われるのです。そうな、あなたが嫁さんとしてから、お母さんにあなたはろくそなかと言う訳にはいかんけん、あなた自身があなと、あなたのそこの娘が二人がですね話し合いなさいと。私しの方の勝手の方にもう書いてあるだけでも、そらあもういけませんけれどもね。
実意な態度、実意な言葉、実意な心と、豊美が書いて、あすこに貼っております。ですからこれを、実行しよう実行しょうや。娘と二人で本気で、あなたが実行なさいと。で、その、お母さんに言う訳にはいかんから、そういう分囲気の中に、お母さんもこう、一つの渦のそういう渦の中に巻き込んで行きなさいと。お母さんに言う訳にはいけないですから、娘さんに言いなさい。娘さんと話し合いなさい。娘さんと相談しなさいとゆうて、話した事でした。
それは必ず私しは、その対人間関係の場合だけではないです。自分の働きの場と言う、そこにもです。実意丁寧が尽くされなければいけないと思う。そこに金光様がおみえると言う位な気持ちがいると思う。もうこげん、ひき散らかしとる所を、もしお客さんでも見えたら、どうするじゃろうかと言う様な事では、もう信心じゃないです。何時も実意丁寧の心、そういう場でもどういう人に対すでもです。金光様が変装して見えておられると言う風な頂き方をしたら。
御無礼な事も御粗末な事もない。そして私し共がです、そこに答えとして出て来るのは、又皆んなからも、暖かい、親切な、丁寧な扱いを受けられる様になると思う。本当に、椛目の私しを含めて、皆んながです。ここに一番、一番、金光教の信心で大事なもの、そういうものが欠げておるんだと。松本さんがそして、お夢を頂かれたと言う事から、そんな事、私感じるんです。本気でひとつ、椛目に金光様が変装して見えてます。あなた方の家庭に、職場に、相手される、その人達がです。こんなにして、自分の都合の、都合のいい人だけに頭を下げるのではなくてです。
この人、良いお客さんだから頭下げるんじゃなくてです。それとは反対の、例えば、人であっても、お客さんであっても、矢張り実意丁寧の限りを、いわゆる、金光様が変装して来て御座ると言う様なです。金光様が変装して御座るから大事にするんじゃないけれども、そういうものが自分の身に付く為にです、そういう考え方をもって、おかげを、被って行かなければならんと、私は思うですね。今日は皆さん、どうぞ、接せられる全ての人が、金光様の変装者と思われてですね、おかげを、被っていかれたらいいですね。
どうぞ。